Good job プロジェクト
【イベントレポート】ZEN 禅的マネジメント -いのちがよろこび新しい自分に還る道- ゲスト:小森谷浩志さん
2025年11月8日、秋の柔らかな日差しが降り注ぐなか、歴史ある日光街道を舞台に特別な時間が流れました。「日光街道 太陽のもとのてらこや」のオープニングセミナーとして開催された本イベント。ゲストに迎えたのは、経営思想家であり、禅と経営学を融合させた独自の探究を続ける小森谷浩志さんです。
参加者はセミナーの前に、実際に日光街道を1時間歩くというフィールドワークを行いました。

かつて徳川家康公が国の礎を築き、二宮尊徳が地域興しに奔走し、松尾芭蕉が「奥の細道」を辿ったこの道。偉人たちの足跡が残る土を自らの足で踏みしめ、身体を活性化させた状態で、小森谷さんの言葉に耳を傾けました。
▪️身体から始まる「自覚」の旅
「皆さん、1時間歩いてきて身体が温まっていますね。これからの時代を生きる上で、何より大切なのが『身体性』です」
小森谷さんは、ニッカウヰスキーでの営業経験や、延べ5万人以上との対話、そして30年来の瞑想と禅の研究に基づいた穏やかな語り口で始めました。
「禅的マネジメント」とは、誰かを操作する手法ではありません。それは、自分自身の「いのち」が喜びに満ちる生き方・働き方へと立ち還るための、自己探究のプロセスです。
小森谷さんは、禅の基本テキストである「十牛図(じゅうぎゅうず)」を現代風のイラストで示しながら、人の成長と変容を解き明かしていきました。

▪️十牛図が示す「本来の自分」への道
十牛図とは、逃げ出した牛(本来の自己)を牛飼い(自分)が探し、手なずけ、やがて牛も自分も忘れて境地に至るまでのプロセスを10枚の絵で描いたものです。
- 「尋牛(じんぎゅう)」: 何か大切なものを見失い、焦って探し始める段階。
- 「得牛(とくぎゅう)」: 本来の自己に触れるが、まだ自分の中でエネルギーが暴れており、コントロールに苦心する。
- 「騎牛帰家(きぎゅうきか)」: 牛と自分が一体となり、笛を吹きながらゆったりと家へ帰る。
- 「入纏垂手(にってんすいしゅ)」: 最後は、悟りの世界に留まるのではなく、再び賑やかな「町」へ戻り、他者を助け、次なる牛飼いをサポートする。
「このプロセスは、一生をかけた大きな旅であると同時に、1日の中でも、あるいは1時間の散歩の中でも、私たちは小さな十牛図を何度も回しているのです」
▪️「比較の植木鉢」から抜け出し、「内なる泉」へ
現代の私たちの働き方を苦しめているもの。その正体を、小森谷さんは「比較」というキーワードで紐解きました。

SNSで同期の活躍を見て焦る、年収や役職という「社会の物差し」で自分を測る。これは、外側からの水を求めて渇く「植木鉢」のような状態です。
「仏教で言う『自由』とは、自らに由(よ)る、という意味です。外側の物差しではなく、自分自身の内側に物差しを持つこと。そうすれば、私たちは外からの供給を待たずとも、自らコンコンと湧き上がる『泉』のように生きることができます」
ここで、小森谷さんは身体を使ったワークを提案しました。

単に立っているだけの状態と、足の裏から根っこが生え、地球の中心を掴んでいるようなイメージを持った状態。横から軽く押されたときの安定感は、驚くほど違いました。
「自分が自分と繋がっているだけで、これほどまでにパワフルになれる。これが『自覚』の力です。比較して心が揺れたときこそ、一度身体に戻り、自分と繋がり直すことが大切なのです」
▪️いのちを輝かせる「7つの原則」
小森谷さんは、長年のコンサルティング経験と東洋の智慧を凝縮し、個人が「本来性の開花」を遂げるための7つの視点を共有しました。
- 本来仏(すでに宿っている): 遠くに探しに行く必要はない。輝きはすでに自分の中にある。
- 固有である: 自分の経験や感覚は、唯一無二。代わりはいない。
- 絶対的である: 固有であるからこそ、本来、他者と比較することはできない。
- 等しい: 全員が「固有である」という一点において、平等に尊い。
- 自力である: 自分の人生を生きること、食べる、寝る、排泄する。これらは誰も代わってくれない。
- 他力・関係性: 自力ではあるが、人は他者という鏡(シャドウ)を通じてしか、自分を磨くことはできない。
- 即実行(思い立ったが吉日): 思い立ったということは、すでに「縁」が結ばれている。すぐに試してみること。
特に印象的だったのは「代わってもらえない」という話です。
「お腹が空いたから代わりに食べておいて、とは言えません。それと同じで、自分の人生をどう生きるか、何にいのちを燃やすかは、誰にも代わってもらえない神聖な仕事なのです」
▪️日光街道という「越境」の舞台で
本イベントの舞台である日光街道は、かつて多くの先人たちが「はたらく」を通じて国の未来を描いた道です。
「日光街道 太陽のもとのてらこや」は、この147キロを5日間かけて歩き、地域で活動するリーダーや実践者と触れ合う経験学習の場です。
小森谷さんは、この「歩く」という行為自体が、まさに禅的な修行そのものであると言います。
「歩くことは、身体と心、そして大地を繋ぐ。そこで交わされる対話は、頭だけの理屈を超えて、魂に響くものになります。この街道沿いで、多様な価値観に触れ、既存の枠組みを越えていく(越境する)経験こそが、新しい自分に還る道なのです」

▪️町に入って、手を垂れる
セミナーの最後、小森谷さんは参加者にこう問いかけました。
「悟りの山に籠もるのではなく、もう一度、日常という町に戻りましょう。そこで、今日得た気づきを馴染ませ、周りの人のために何ができるかを考える。それこそが、十牛図の最終段階であり、真のマネジメントです」
物理的な家(ハウス)があるかどうかではなく、心の中にいつでも還れる場所(ホーム)があること。
参加者たちは、温まった身体と、自分という「泉」への確信を胸に、再び街道へと踏み出しました。その背中は、セミナー前よりも少しだけ地に足がつき、軽やかになったように見えました。
日光街道という歴史の道の上で、私たちは今、自分たちの手で未来の「はたらくカタチ」を描き始めています。













